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猫とワタシ

旧暦屋.com 離れ

✿✿ 春坂咲月 こぼれ話 ✿✿

この記事のみを表示する☚ この猫の話

☆☆☆


いきなり、タイトルに☚をつけたが、まずは毎回登場する
タイトル左の猫の絵を見ていただきたい。

毎週火曜日にブログを更新するようになって以来、ずっと、

〈お魚くわえたドラ(?)猫〉

である。

毎週火曜日に更新する以前は、色々なバージョンがあって、
ブログを書く度、自動的に猫の種類が変わっていた。
二匹のラブラブ猫のときもあれば、青筋立てて怒っている猫もいた。

替わる仕組みを理解していなかったのだが、最近になってようやく解った。
なんのことはない。ブログをアップした曜日によって、猫が変化するのだ。

〈お魚くわえた猫〉は、火曜日のバージョン。
つまり、ブログを毎週火曜日更新にし続ける限り、この猫だけ。

うーん、つまらない……。

要は、更新日を火曜日に限定しなければよい話である。

だが、毎月1のつく日に限定すると、31日まである月と次月は
31日ー1日と二日続けて記事を上げることになるし、
かといって、5のつく日、0のつく日、というのも興趣に欠ける……。

いっそ、二十四節気に因んだものはどうだろう?
旧暦屋の離れなのだから、しっくりくる。

ということで、ちょうど本日、7月7日の小暑から変更することにした。

令和2年の更新予定は以下のとおり。

7月7日 小暑(しょうしょ)
7月20日 大暑(たいしょ)
8がつ8月7日 立秋(りっしゅう)
8月23日 処暑(しょしょ)
9月7日 白露(はくろ)
9月22日 秋分(しゅうぶん)
10月8日 寒露(かんろ)
10月23日 霜降(そうこう)
11月7日 立冬(りっとう)
11月22日 小雪(しょうせつ)
12月7日 大雪(たいせつ)
12月21日 冬至(とうじ)
どうぞよろしくお願いいたします。

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この記事のみを表示する夏越の祓

つぶやき

本日は水無月 晦日。

夏越なごしの祓である。

大祓とは、「我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的神社本庁ホームページより)」とした行事。
毎年二回、六月と十二月の晦日に行われ、六月の大祓は〈夏越なごしの祓〉、十二月の大晦日は〈年越の祓〉と呼ばれる。

夏越の祓の前後に、神社の神前でよく見かけるのが、茅や藁を束ねた茅の輪ちのわだろう。
この輪をくぐるのが〈茅の輪くぐり〉である。
「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と唱えつつ輪をくぐり、左、右、左の順にまわって神前へと進む。

今年は、六月下旬に楠公さん(湊川神社)へ詣でると、すでに茅の輪が据えられていた。
コロナの嵐が一日でも早く過ぎるようにとの願いを込めて、編まれたものらしい。
自分も、願いを込めてくぐって来た。


ところで、夏越の祓には、茅の輪くぐり以外に、もう一つ恒例がある。
ご存じの方も多いだろうが、「水無月」だ。

これは旧暦六月の呼び名ではなく、和菓子の名前。
旧暦水無月朔日に氷を食べ、夏バテしないように祈願し、
暑気払いをした宮中行事に端を発する和菓子である。

夏バテ予防の雅な行事なんて、是非とも真似したいと思うのが庶民ゴコロ。
だが、下々の口に、容易く氷室の氷が入るはずもなく……。

そこで、代用品として登場したのが、三角形お菓子「水無月」だった。
下の白い外郎が氷を模していて、上の小豆の赤い色で「魔を祓う」。

なんとも、お洒落。
断然、外郎のほうがお腹に優しいし。



自分も、今朝、水無月を買いに行ってきた。
美味しく食べて、残り半年の無病息災を願い、
一日も早いコロナ収束を願いたいと思う……。


この記事のみを表示する新しい景色

つぶやき

令和二年 弥生三月。

住んでいるマンションが大規模改修工事に突入した。

コロナ騒動が始まって、すぐのことである。
ステイホームが叫ばれ、巣ごもりを余儀なくされる最中に、
マンションは黒いネットですっぽり覆われてしまった。

晴れの日も、空は灰色。室内はひんやり。
満足に景色も見えず、
お月様も足場に隠れて、どこへやら。

弥生、卯月、皐月――
耐えに、耐えた。

ようやく、水無月。
ネットが外れ、足場が解体された!!!


なぜだか、久方ぶりに見る窓の景色が、とても新鮮に思えた。

青々とした崖の緑が、殊更目に鮮やかに思えるのは、
ネットが掛けられたときには、まだ灰色の冬景色だったため――
というような、単純な理由ではなさそうだ。

では、何故?

つらつらと考えて、結論した。
床の間の掛軸を掛け替えるのと、同じ効果だったのでは、と。

自分の家に床の間はないが、玄関先と抽斗の上の飾りは、季節毎に替えている。
飾り自体は、毎年同じもの。
しかし、一年経つと、すっかりその存在を忘れている。
去年も一昨年も飾ったはずなのに、
箱を開けて、「ああ、こんなんあったんや」と驚くことが多いのである。

だが、忘却の力は偉大だ。
存在自体を一度忘れてしまったことにより、
再びその飾りを、新鮮な気持ちで眺めることができるのだ。

部屋から見える景色も、一緒だったのだろう。
このマンションに住んで、干支が一巡し、
以前ほど、外の景色を眺めなくなっていた。
壁に掛かりっぱなしの絵を、壁紙と同化させてしまうのと同じこと。
代り映えしない窓の絵が、目に映らなくなっていたのだ。

それが、春が来る前に目の前から外されて、
夏前に戻ってきて、改めて「おお、美しい」となったわけである。


皆様も、壁に掛かった絵に飽きてきたら、
三カ月ほど外してみてはいかがだろう。

夏が終わる頃にもう一度掛けてみれば、
胸に迫る景色が、目の前に広がるかもしれない。





この記事のみを表示する崖の上の本棚

夢百夜

こんな夢を見た。

電車に乗っていると、偶然、親しい友人に会う。
久しぶりだったので、とめどなくお喋り。

その途中、ふと車窓に、不思議な光景を見た。

切り立った土地の上に、白い家の残骸らしきもの。
屋根からべりっと垂直に裂け、
かろうじて半身だけが崖の上に残っている――そんな感じの。

咄嗟に考えた。
地震で崖が崩れて、一緒に家が裂けたのかな、と。

心にあったのは、阪神大震災の揺れ。
直下型地震は、大地が揺らぐのではなく、
鉄拳のような一撃が、天から降ってくるものだから。

崖っぷちの家は、ジオラマのように切り取られ、
ぎっしり本が詰まった棚が並ぶ、屋内の様子を晒していた。

家が裂けた反動か、本棚は傾いでバランスを失い、
中身が飛びだし、あちらこちらに散らばっている。

本はばらばらと崖の下にも落ちかかり、
線路脇の地面にも、夥しい数の本が落ちている。


車窓に見えた、一瞬の本棚との出会い。
白々とした本棚と散らばる本たちは、奇妙に美しく、
なぜだか心に焼きついた。


いつかまた夢の中の車窓で、あの本棚に会えるだろうか。






この記事のみを表示するトランヴェールな日々

つぶやき


前回、JR東日本発行の新幹線車内誌『トランヴェール』について触れたが、
今日はその続き。

ときに、皆様『トランヴェール』の意味はご存じだろうか?
というか、そもそも何語かご存じだろうか。
フランス語である。
Train vert.  直訳すると〈緑の列車〉。

そうか~
東北新幹線の〈はやぶさ〉号は、綺麗な緑色やから、
車内誌も『トランヴェール』なんやな~

緑の〈はやぶさ〉に乗り、『トランヴェール』を読んでいた自分は、
自己中心的に思い込んでいた。
盛岡まで連結されている〈こまち〉は、とっても綺麗な赤なのに……。

大きな勘違いだと解ったのは、一年ほど前。
創刊当初の『トランヴェール』が、グリーン車にのみ、
おかれていたことを知ったとき。

グリーン車……。
英語のアナウンスでは、グリーン車は〈Green car〉である。
車両=car 
フランス語の〈車両〉も〈車〉と同じ単語の〈voiture〉。

つまり〈グリーン車〉をフランス語に訳したら、〈Voiture verte〉になるはずで。

でも、『ヴォワチュール・ヴェルト』って……。
言いにくいし、覚えにくい。

そもそも、フランスの鉄道にグリーン車はないし。
在るのは、一等二等の区分だけだし。

元々存在しないのだから、
生真面目に〈ヴォワチュール・ヴェルト 緑の車両〉と直訳せずに
語呂の良い〈トランヴェール 緑の列車〉にしとく……?

などと、当時の編集の方がお考えになったかどうかは、定かではないが。

車内誌のタイトル一つ付けるにも、様々な煩悶があったかもと
想像を膨らませてしまう、今日この頃である。



一日でも早くコロナの嵐が収まって、のんびりはやぶさ号の中で
『トランヴェール』を読むことができる日が、来るよう祈りつつ……。